さとちゃんの、だだだだだ駄ブログ

【ナナサト】ピアノの方、勢いまかせのどーでもいい話と、たまにライブのお知らせなど大事な告知もします。

滑り込みセーフで秋を堪能

「紅葉とは、見に行くものではなく、そこに在るもの」

とはよく地元の人たちと言っていたことだけど、それは私が生まれ育ったその地だからこその話か、と今更ながら気づいた次第でございます。

 

ここのところ、朝の家事が終わったら早々に音楽室に籠り、窓の外の寒々とした色を見ては出勤を急ぐ方々に想いを馳せ、ああ自分はこんなことしてていいのかなあ

なんて自己嫌悪とか罪悪感を感じ

だとしたところで何もならないことも心の底から感じ

ならば、今後、例えば誰かの前で演奏したときに、今より少しでも琴線に触れられるような演奏ができる自分になっていればいいじゃないかと

以前よりだいぶ気持ちの着地点を持ちながら毎日を過ごしているわけですが

 

まあ毎日それだと寂しくなるから、久々実家に行ってきました、って話です。

長い前置き、おしまい。

以下は、ひたすら寂しい田舎のさびれた写真が出てくるのみです。読み返しておセンチになるのは私だけですが、よろしければご覧ください。

 

こちらは、実家すぐ裏にある公共施設駐車場からの眺めで、私が東京にいた頃から、思い出してはスンと鼻を鳴らしていた風景。帰省した際にはもちろん必ず来るし、今でもよく来る。

f:id:nanasatoakita:20201113163520j:plain

稲刈りが終わった、色彩が若干寂しいこの時期でもいい眺めよ。一番いいのはやっぱり、田植え前の水鏡と思うけど、そういえばその時期をまだ見たことがない。

でもって冬は、これを撮っているこの場所に除雪した雪が積み上げられるので、ここから見る冬景色を見たことがない。

見たい。見たくなる。けど、例えば雪山をよじ登るとかして、無理してでも見たとしても、「あっ、一面真っ白か。当たり前か。」で終わって、その後は、見たいなあ見たいなあと思っていた気持ちもなくなるんだと思う。

それならいっそ見れないまま、見たいなあと恋焦がれる気持ちを持ち続ける方が、

「あそこからの雪景色が見たい」と、毎日思うまでいかなくても、

 

ふと折に触れて思い出したときに、見たい、見たことがない、見れない、見たい、と気持ちを震わせる方が楽しいのかもしれない。見たい、見えそう、ああ見えない、見たい、このワクワクは…まだ見てないから!見えそうで見えない女子のブラの肩紐を見たくてたまらない男子中学生と変わりないかもしれないけど、それでいいんじゃないか。だって男子中学生楽しそうだよね。

何の話だっけ。

 

とにかく、見たいなって思ったけど、見れないまま、またいつか「ああ見たい」ってときめくことが、心身の加齢を遅らせるんだ、きっと。楽しいだけじゃなくて、切なさを伴う楽しさがいいのでしょう、 

とか思いながら実家に戻る。実家にいた父とろくに話もしないまま、いつものこの場所にきて、女子中学生のブラの肩紐にまで考えが及んでしまったな、ははは。

振り返って実家に向かって歩き出すとき、視線を少し上に向ければ実家の東側にはすぐ山が見える。紅葉もしてるし、上の方は昨日降ったらしい雪が白く見える。こんな環境で育ってるから、紅葉は見るものでなく在るものなんだと、ここらの友達と頷き合うわけで。

 

実家に帰ると、もみじの木に雪囲いをしていた父が、「二束三文だけど、じいちゃんの田んぼ、本家に売ったよ」という話をした。

それを聞いたら、急にこみ上げるものがあって、またろくに父と会話もしないままに、そっちへ足を延ばしてみた。

f:id:nanasatoakita:20201113163841j:plain

ああー、こういうのを見て、萌えええええと思ってしまう。夜景も好きだけど心底こっちが好きだ。正真正銘の田舎もんです。最高。

 

実家から、2分も歩けば田んぼ入口。
f:id:nanasatoakita:20201113165023j:plain靴裏に当たる石の感覚が、久しぶり。

f:id:nanasatoakita:20201113163944j:plain

足裏に石の固さを感じながら右を向けばススキ

f:id:nanasatoakita:20201113164041j:plain

左を見れば、…藪?ここでよく蛍を見ていた。今もいる、はず。

f:id:nanasatoakita:20201113164204j:plain

小さい頃はよくここで遊んだものです。草や草や草や草なんかをいろいろちぎって適当な容器に入れて「お弁当」とかさ。

祖父の姿がその辺にいつもあったわけです。

f:id:nanasatoakita:20201113164319j:plain

「売ることにした」という田んぼだった土地も、だいぶ前から本家に貸してて、とっくにこうやって活用してもらっていたわけで、何を今更寂しいも何もないんだけど、稲刈り後の、残った稲わらの部分のざりざりをわざと踏んづけて歩いて、靴裏にもうあの感触を感じることもないのかと思うと寂しい。

f:id:nanasatoakita:20201113164524j:plain

なんてね、今日たまたまここに来たから寂しいわけで、普段なんてそんなこと思い出しもしてないわけです。

あー、来てよかった。

f:id:nanasatoakita:20201113164111j:plain
このおどろおどろした根っこの感じとか、快晴の下だから怖くないだけ。

f:id:nanasatoakita:20201113164907j:plain

これを渡ってたよ。やるな、低学年の私よ!

 

同じ道を戻って家に帰る。

f:id:nanasatoakita:20201113165236j:plain

来るときは上ばかり見上げてたけど、帰りは上り坂なので道に目が行く。

f:id:nanasatoakita:20201113165313j:plain

見れてよかった、こういうの。こんな季節を楽しまず、今まで私はどこでどう過ごしてたんだろう(家に引きこもりだってば)

 

f:id:nanasatoakita:20201113165427j:plain

スマホカメラを、姿勢を低くしてうんこ座りで構えて撮る。どうせ道行く人などいない、などと思ってふと横を見ると、幼馴染のお父さんが湧き水で野菜を洗っているというね。

「あら、ゆっこちゃんだが?!」と言われないうちにサササと去った。

 


実家の裏は、この時期お決まりの後継。

f:id:nanasatoakita:20201113165209j:plain

まさかのネギ収穫を手伝うことに。楽しかったけど!

f:id:nanasatoakita:20201113165623j:plain

 

娘の下校時間に合わせて帰宅。夕暮れ近づくころ近所を散歩。

f:id:nanasatoakita:20201113165702j:plain

あれま、私本当に、あまり外に出てなかったのかいな。天気のせいかいな。

f:id:nanasatoakita:20201113165756j:plain

見に行かずとも、割と近所にもあったんじゃないか。赤い葉や黄色い葉やらよう。

f:id:nanasatoakita:20201113165822j:plain

 

よく見れば様々な色がひしめき合っていて、いいもんですね。

f:id:nanasatoakita:20201113165830j:plain

雪で隠れる前に、ちゃんと見ることができてよかった。

 

ただ写真を羅列するだけの記事になるかと思いきや、気づいたら2000字超えて書いていた。

思うことはいろいろあるものですね。

おしまい。